言語紛争がある国は?

先日、ベルギーのお菓子、ジュルース・デストルースを

食べたながら、このベルギーには言語戦争があるとお話し

しました。

そこで今回は日本語教師養成講座420時間の授業にもある

言語政策や言語紛争についてまとめてみました。

★言語政策とは?★

言語政策とは、いったいなんだろう・・

言語政策とは国の公的機関によって行われる政策のとこを言います。

言語政策には3つの段階があります。

1.席次計画

使用言語が数種類におよぶ国では、どの言語で教育を行うのか、

どの言語で政治や外交を行うのか、メディアはどんな言語を使うのか

決めまなければなりません。

それを決めることを席次計画と言います。

・様々な国では公用語が決められていますが、日本には公用語はありません。

日本は日本語が国語として存在しています。

※公用語は国の法的に認められている言語

※国語は国の代表的な言語

2.実体計画

国で使用する語彙を定めたり、正書法のルールを決めます。

外来語の言い換えもルールで決められます。

3.普及計画

決められた語彙やルールを元に広く国に普及させていきます。

★言語紛争とは?★

日本は日本語を使用している人がほとんどですが

世界の中には多言語国家がたくさんあります。

それぞれの言語としようする人々の間でおこる対立(政治的対立含む)を

言語紛争といいます。

言語戦争で有名な国は、カナダ・ベルギーがあります。

例1・カナダの場合

カナダは元々、フランスの植民地だったのでフランス語を使用するひとが

多く存在します。その後、直接の戦争の原因ではなかったものの

7年戦争で、フランスとイギリスによる植民地戦争がおこります。

 

これによりフランス語と英語を母語とする人々により対立がおこります。

現在のカナダの公用語はフランス語と英語、両方です。

細かく州ごとにも公用語は分かれています。

例2・ベルギーの場合

ネーデルランド(オランダ・ベルギー・ルクセンブルグ)は

もともとオーストリア・ハプスブルグ家の配下にありました。

 

その後、ネーデルランド17州の中の一つとして

スペイン・ハプスブルグ家の支配下になります。

 

ネーデルランド17州はハプスブルグ家に反乱を起こして

独立したのがネーデルランド王国です。ベルギーのフランドル地方は

このネーデルランド王国の一部になります。ネーデルランド王国はオランダを中心と

した王国だったのでフランドル地方はオランダ語が公用語です。

 

ですが、南部ネーデルランドは

スペイン・ハプスブルグ領地として残ります。

このときブリュッセルは南ネーデルランドの首都とされていました。

 

その後、スペイン・ハプスブルグ家からオーストリア・ハプスブルグ家の領地となります。

そして、オーストリアはフランス革命でフランスにやぶれ、ベルギーはオーストリアから

開放されます。

 

しかしその後のワーテルローの戦いでフランスが敗北。フランス革命、ナポレオン戦争

で混乱したヨーロッパの秩序を整えるために開かれた、ウィーン会議により

ベルギーはオランダ王国に併合され支配されます。

 

そこでベルギーの国民は立ち上がります。そしてベルギー王国を樹立しコンゴを植民地にします。

 

しかし、第一次世界大戦でベルギーのほとんどはドイツ領になります。

 

第二次世界大戦でも、ドイツはベルギーとオランダを攻めます。

その結果ベルギーはイギリスへと亡命しベルギーは開放されることになります。

 

その結果、今も、オランダ語・フランス語・ドイツ語の3つの公用語を

持つ国となります。

★まとめ★

日本語教師養成講座420時間を受講していて、今まで気にしていなかった

言語紛争について調べました。

すべては国の歴史に結びつき世界史の勉強をしているような感覚です。

戦争、植民地その歴史によって、人々が使う言語は

これほどまでに、その国の人のアイデンティティにも

影響を与えるのだと考えされられました。

※参考資料:

京進ランゲージ日本教師養成講座420時間資料

※参考サイト:
国際交流基金
言語戦争wikipedia
ベルギーwikipedia
ナポレオン戦争wikipedia
フランス革命wikipedia
ハプスブルグ家wikipedia

sami

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