【東京】ニコライ堂~東京復活大聖堂

【東京】ニコライ堂~東京復活大聖堂

江戸時代、JR御茶ノ水駅周辺は聖橋を越えると湯島台、聖橋の手前を駿河台とよんでいました。

今回はこの駿河台にある美しい教会、ニコライ堂を見学してきました。

ニコライ堂とは?

ニコライ堂は正式名称を東京復活大聖堂と言います。

明治時代のお雇い外国人、ジョサイア・コンドルの指揮で

建築家ミハイル・シュチュールポフが設計しました。

関東大震災で、ニコライ堂のシンボルであるドームが崩壊しました。

現在、見ることが出来るニコライ堂は、建築士、岡田信一郎氏に

より修復された建物です。

ニコライ堂の形


ニコライ堂は丸いドームの部分が印象的です。

わたしたちは、ニコライ堂を下から眺めることしかできません。

ですが、このニコライ堂を上から見ると

なんと十字架の形になっています。

これは、なかなか自分では撮影することができませんが、

ニコライ聖堂の中で販売している絵ハガキで確認することが出来ます。

少しでも上から形を確認できる場所はないかと探してみた結果

明治大学リバティータワーの23階から少しだけ見ることが出来ます。

しかし残念ながら十字架の形は確認できませんでした。

こちらの図からは、ニコライ聖堂が十字架の形をしていることが

確認できるかもしれません。
★明治大学リバティタワー展望台★

★国立国会図館:ニコライ聖堂の図面★

ニコライ堂ニコライとは?

ニコライは、ロシア領事館付属聖堂の神父様として函館に来日しました。

キリスト教の教えを日本人に伝え、日本に正教会の教会、聖堂を建てました。

ニコライは、著名人のお墓がたくさんある事で有名な

谷中霊園に埋葬されています。

ニコライ堂の十字架の形

ニコライ堂にある十字架は八端十字と呼ばれる十字架です。

この八端十字には意味があります。

一番上の短い横棒は、十字に貼られた罪状札です。

そして下に斜めにかかっている横棒です。

この横棒は、ハリストと一緒に十字架にかかった2人の内

1人は、ハリストの教えを信じ天国へ、もう1人はハリストの教えを信じなかった

ため天国へ行けなかったこととを表していると言われています。

ニコライ堂のイコン

明治24年、ロシアの皇太子ニコライ2世が日本を訪問した際

襲撃されるという事件がおこりました。

政界や世論は、犯人には「大逆罪」が妥当と判断していました。

しかし、当時の大審院長児島 惟謙(こじま これか)が

「大逆罪」は国外の皇室には適用していないため「謀殺未遂罪」

であると主張し死刑は免れました。この判決が司法権を守った

法治国家日本を海外にも印象付けました。

これは、大津事件といわれ、いまも滋賀県大津市にはこの

事件が起こった場所に大津事件の碑

が残されています。

この時、ロシアのニコライ2世に献上されたイコンを書いたイコン画家が

山下りんでした。

山下りんは、ニコライ聖堂の司祭ニコライのすすめでロシアにイコンを

学ぶため留学しておりニコライ聖堂にも作品が残されています。

また、湯島のニコライ聖堂以外の聖堂にも多くのイコンを残しています。

山下りんのイコン所蔵教会

ニコライ堂の情報

住所:千代田区神田駿河台4-1-3
TEL:03-3295-6879
拝観時間:4月~9月:13時~16時

10月~3月:13時~15時30分

ニコライ堂HP

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