ソウルのソチョン(西村)には、日帝時代の文学家が住んでいました。
その一人が、イ・セキ(李箱)です。
チェビ茶房の話は以前のブログに書いたのですが。
もう一人、日本とゆかりのある詩人、ユン・ドンジュ・(尹東柱)もこの
ソチョン(西村)の街に暮らしていました。

ユン・ドンジュ(尹東柱)下宿後:ユン・ドンジュ・(尹東柱)とは?
ユン・ドンジュ(尹東柱)の名前を聞いたことがある人は多いと思います。
なぜなら、このユン・ドンジュ(尹東柱)は、韓国が日本の植民地にされていた時代に
日本へ留学しそして、独立運動に参加し、治安維持法違反による逮捕、
そして福岡の刑務所で亡くなった詩人だからです。
このユン・ドンジュ(尹東柱)は、なくなるまでハングルで詩を書き続けた
といわれています。
日本の植民地となっても民族の誇りを持ち続けた、ユン・ドンジュン(尹東柱)の詩は、
彼が亡くなってから脚光を浴びます。
序詩
いのち尽きる日まで天を仰ぎ
一点の恥じることもなきを、
木の葉をふるわす風にも
わたしは心いためた。
星をうたう心で
すべての死にゆくものを愛おしまねば
そしてわたしに与えられた道を
歩みゆかねば。今夜も星が風に身をさらす。(愛沢革訳)
この詩はとても有名で日本人でも知っている人が多いと思います。
そしてこのユン・ドンジュ (尹東柱)の半生を描いた映画も公開されています。
亡くなって100年以上たっても忘れず追悼する人が、韓国だけでなく日本にもいる
ということはそれほどユン・ドンジュ・(尹東柱)の生き方や詩は、
国は関係なく人の心に訴えかけるものがあるのだと感じずにはいられません。
ユン・ドンジュ(尹東柱)下宿跡とは
ソウル、ソチョン(西村)の街を歩いていて、そこにあったのは、
このユン・ドンジュ(尹東柱)が下宿していた
という、小説家の家(現在は建物は替わっている)にその事実が記されているものでした。
もっと、足をのばせば、ユン・ドンジュ(尹東柱)文学館にも行くことができたのですが・・
残念ながら行くことができませんでした。
konest:ユン・ドンジュ(尹東柱)文学館
ソウルにはこのユン・ドンジュ(尹東柱)ゆかりの場所がほかにもあります。
ユン・ドンジュ(尹東柱)が通った、ヨンヒ専門学校(今は延世大学)にも石碑があります。
日本にも、このユン・ドンジュ(尹東柱)の石碑が立っている場所があります。
東京の立教大学と京都の同志社大学です。
ユン・ドンジュ(尹東柱)下宿跡 情報
住所:57 Ogin-gil, Nusang-dong, Jongno-gu, Seoul,